2025/01/07

RETAIL-BIZ

「ライフスタイル」とは何か? チェーンストアの “言の葉” 第1回

ロジカル・サポート代表
三浦美浩


「TPOS」のSが最重要なワケ


チェーンストア経営には、さまざまなキーワードが存在します。経営幹部から新入社員まで、同じワードを軸に会話を進めています。しかし、実際に、その言葉の意味を問うてみると人それぞれ、自分流の解釈を持って仕事をしていることが分かります。チェーンストア経営で頻出する共通言語を「チェーンストアの〝言の葉〞」で読者の皆さんと一緒に考えていきましょう。




ライフスタイルは、直訳すれば、“生活様式”と言い換えることができる。チェーンストアにおいてこのライフスタイルという概念は、この上なく重要である。

チェーンストアの世界では「TPOS(ティーピーオーエス)」という言葉がたびたび使われる。一般的に世の中で語られる「TPO(ティーピーオー)=Time(時間)・Place(場所)・Occasion(場合)」というワードに、この「Life Style」の「S」が加わったのが、「TPOS」という言葉である。

では“時と場合をわきまえて”というような意味で使われる「TPO」に、なぜ「S」が加わったのだろう?


「TPO」以上に重要な「S」
新しいライフスタイルを考える

2020 年ほど、この“ライフスタイル=生活様式”が変化した期間はないだろう。コロナ禍でこれまで普通に行われてきた通勤や通学、旅行やレジャー、あるいは通勤帰りの同僚との飲酒がすっかりなくなるか、激減した。

同時に在宅の時間が長くなり、自宅でパソコンを通じてリモートワークをしたり、外食を控え家庭内で調理をする機会が増えたりと、生活様式が大きく変化したのが、この2020年であった。

そして2020年には以下のようなことがさまざまな家庭で起きていた。例えばリモートワークが始まり自宅にパソコンはあるが、書斎はなく、居間に簡単な、新たに執務スペースが必要になったお客がいただろう。ひと昔前であれば近くのホームセンターに行き、金属製のグレーの事務机と折りたたみイスを購入しそれで間に合わせた。

しかしそのお客の自宅がきれいな木目調の床材のフローリングで、室内の家具も木目調が多く、またリビングに緑を多く飾ったような部屋であれば、この事務机と折りたたみイスの組み合わせは、お客の好みにも全くと言っていいほど合っていない。

そこでこのお客はニトリのホームページ(HP)を探し、そこに「天板に天然木(パイン材)とスチールの組み合わせのヴィンテージ家具シリーズ」を見つける。枠組みにスチールは使われているが、天板はブラウンでパイン材の木目がきれいに表われており、部屋の雰囲気とピッタリである。イスも机の天板と同じ色の背もたれが付いたものがセットになっている。しかも机・イスセットで1万6,273円(税抜き)と値頃である。お客はパソコンでその商品をHP上のカートに入れクリック、購入を決めた。

別のお客の自宅は現代風の高層マンションで、家具はモノトーンの色調のものが多く、余分な装飾などがないすっきりした部屋で、子どもたちと生活している。この部屋の生活にも金属製のグレーの事務机と折りたたみイスは全くマッチしない。

そこでお客は家族連れでIKEAの店を訪れる。すると店内で「KALLAX カラックス・デスクコンビネーション(ブラックブラウン)」を見つける。黒茶色の天板の机に書棚が一式になったセット家具で、書類などの収納スペースもあり、子どもが書類をいじる心配もない。値段も1万3,784円と手頃だ。

店内のディスプレーには机に色が似通った「ELDBERGET エルドベルゲット(回転チェア、ブラック)」がセットされており、これも3,999円で販売しているので、机と合わせても1万8,000円以下で購入ができる。お客はこの机とイスを一緒に購入し、車で持ち帰り、短時間で子どもと一緒に楽しく組み立て、月曜日からのリモートワークに対応することができた。

このように現在の消費者の生活はお客の嗜好、趣味、家族構成や家の事情などで、生活の仕方、暮らしぶりは極めて多種、多様、多彩になっている。昔の貧しい時代ならば “机とイスがあって仕事がスムーズにできれば……” とも考えられたかもしれない。「TPO」が満たされ “月曜日からの自宅での執務”が可能になれば事足りたのだが、現在は全く違うのである。

つまり今のお客はさまざまな商品に対して、「TPO」だけでなく “S=ライフスタイル”の要素、すなわち自分のライフスタイルにマッチした商品でなければ満足できないのである。ウッド調の家で自然の中にいるような生活を楽しむ人も、現代的でスタイリッシュな生活を家族で営む人も、どこの
事務所にもあるようなグレーの事務机や折りたたみイスでは全く満足できない(特に住居余暇、衣料品などの非食品は、耐久材で長く部屋、クローゼットの中にあるので選ぶのは難しい)。

つまりライフスタイルは、お客が商品を選択する際の最重要な要素になっている。ライフスタイルに合った商品を購入することは、現在の多種、多様、多彩な生活を営む生活者の大切なニーズなのである。


ライフスタイルが “増え”
“選択できる”現在の豊かさ

リモートワークの机、イスだけでなく、現在では、提供されるライフスタイルの種類が “増え”、さらに機能面でも、趣味・嗜好などの点でも自分なりに満足できる生活を誰もが “選択ができる”ようになった。しかも、これまで家具店で購入すれば数万円もした机とイスのセットが、2万円以下の価格で選ぶことができるのである。

このようにライフスタイルの種類が増え、お客の選択肢が増えたことを“生活が豊かになった”という。

ここで多様なライフスタイルが提供され、豊かな生活に結び付き、それを多くの生活者に実感してもらうためには、幾つかの条件が必要になる。

一つ目は、単品訴求ではなく“コーディネート販売”がなされていること。既述のような家具の場合なら、最低限、色やスタイルが整った机とイスがそろって購入できなくてはならない。しかも素人のお客がその場で見て選べば、必ず調和がとれるような売場を、プロであるチェーンストアの側が準備をしておく必要があるのだ。

二つ目は、そろえて買うには安価、値頃な価格でなくてはならないこと。衣料品なども1着が何万円もするのでは、TPOSの異なる数多く商品を、さまざまなライフスタイルに応じて使い分けることはできない。

大切なのは、多種、多様、多彩なライフスタイルを提供してきたのは私たちチェーンストアであること。生活の豊かさは日常生活に密着したチェーンストアがさまざまなライフスタイルの商品を創造、提供して初めて実現できてきたのだ。

衣料品でも、ユニクロに行けば在宅時間が多くなった女性向けのウェアとして、“きちんと見えてラクな着心地、リモート会議に最適のワンピース”として「スフレヤーンオフタートルネックワンピース(長袖)」が販売されている(「ユニクロHP」より)。リモートワークのない日には “360°ストレッチと細部まで考えたデザインで、家の中でのあらゆる動きを快適に”として「ウルトラストレッチチュニックセット(ボーダー柄・8分袖)」 が提供されている。

在宅勤務が多くなった男性に向けても “抜群の暖かさ。縦にも横にも伸びて、ストレスフリー。自宅で洗ってもシワになりにくい”として、「ヒートテックスリムフィットパンツ」が販売されている。

このようなライフスタイルに合致した商品の特徴は「ワンピース」「パンツ」といった旧来の品種分類でなく、商品や用途、機能が細分化されTPOSが明確化されていること。 “誰にでも” “どこでも”という汎用的な商品では無駄な機能が多かったり、欲しい機能(例えばリモートワークの部屋で着る洋服なら洗濯がしやすいイージーケアが不可欠)がなかったりして、お客の使う立場、着る立場に立つと便利でない場合が多いのだ。

ライフスタイルを細分化し「TPOS」にジャストフィットした商品こそが、お客の心をつかむのである。
逆に言えば、「TPOS」を明確にできた、安く、そろった商品をお客が点数購買し使い分けができるからこそ、暮らしの豊かさが実感できるのである。

このように暮らしの豊かさを追求するチェーンストアにとって、ライフスタイルというのは、極めて重要な概念なのである。


新しいライフスタイルの商品を
核カテゴリーに成長させる

コロナ禍で多くの家庭、生活者の外食の機会がなくなり家庭内の食事が多くなった。リモートワークで通勤時間が減り、時間に余裕のあるアウトドア好きの男性は、近くのこだわりスーパーマーケットでクミン、コリアンダー、チリなどの香辛料を購入しルーから手作りのキーマカレーを作るだろう。 “手作り派”のライフスタイルは、この店の販売している商品で実現される。

リモートワークだが打ち合わせが多く十分な料理の時間が取れなかったお母さんなら、子どもの好きなナショナルブランド(NB)のいつものカレールーと、少しだけ時間短縮のためにレトルトのカット済み野菜を使って、いつもより短時間でカレーを作って子どもたちを喜ばせることができる。 “働きながらでも簡単に手作り”というライフスタイルは満たされる。

出勤を余儀なくされ通勤に疲れてしまった若い女性なら、外食チェーンで自分の好きな辛さのカレーライスをテイクアウトで購入し、自宅でリラックスしてくつろぐこともできる。 “食事は簡単に、余った時間はゆっくり休みたい”女性のライフスタイルも、外食チェーンのおかげで実現できた。

国民食であるカレーひとつをとっても、趣味、嗜好や行動などのライフスタイルに合わせて、豊かで多種、多様な選択肢がチェーンストアにより提供されているのである。

こうした変化する生活者のライフスタイルを深掘りし、ニーズを的確に捉え、必要な商品、サービスを提供することは、暮らしの豊かさを追求するチェーンストアの重要な責務である。

同時にもう一つ重要なのは“新しいライフスタイルを提案”すること。チェーンストアがこの提案の努力を重ねることで、初めて目にした商品、新しい味わい方、これまでしていなかったコーディネートの着方、経験していなかった暮らし方を手にすることができ、新しいライフスタイルを “増やし”さらなる豊かさをお客は “選択”することができるのだ。

例えば良品計画が展開する無印良品の食品における核カテゴリー(=競争の際に武器になるカテゴリー)にカレーがある。この売場には「素材を生かした」「糖質10g以下のカレー」などのシリーズで、グリーン、キーマ、レッド、カリアヤムなどの味も辛さも多様な約30種類以上が、レトルトカレーを中心に品揃えされている。


無印良品で販売するカレー関連の商品


レトルトカレーということで “簡便食”のイメージだが、無印良品は“手作り派”のライフスタイルのお客へ「フライパンでつくるナン」のミックス粉を提案。1袋でナン4枚を作れて調理時間は約50分と長いが、手作りにこだわりたい層には人気である(ネットなどでは “手作りだがパンより短い時間でできる”などのコメント)。

カレーも「手づくりカレーキット バターチキン」なども販売。ソースベースに鶏肉だけを加えれば約30分でバターチキンカレーができ、ガラムマサラなども入っているので本格的な味を楽しむことができる。

本格的な味を楽しみたいお客には、生の「ジャスミン米」や「温めて食べるパックごはん ジャスミン米」のレトルトを品揃え。料理は苦手で、また忙しいので短時間で作りたいが、それでも本格的なものを味わいたいというお客にはレトルトジャスミン米はピッタリである。

またキーマカレー、チキンカレーには「辛くないほうれん草のキーマカレー」なども品揃え。国民食のカレーだからこそ、子どもや辛さの苦手な人でも食べられる、しかしNBのカレーとは違う商品を並べている。本格的カレーをみんなで味わいたいライフスタイルの家族にはうれしい商品である。

お客にすれば、無印良品に行けばカレーだけでも、ルーの味、辛さだけでなく、ご飯やナンなどの主食、さらには調理法まで選択ができ、自分のライフスタイル、好みに合った商品を選ぶことができる。もちろん“素材を生かした”という商品は無印良品のストアコンセプトにピッタリである。

これらの商品は全てプライベートブランドである。市場にはほとんどない商品なのだから、最初から売れる商品ではなかったかもしれない。しかしそれを世界から学び、創造し、リニューアルし、“新しいライフスタイルの商品として提案”を続けることで、どこにもない競争力のある核カテゴリーに成長させたといえる。


“ホットプレートで楽しく”
ヤオコーは若い家族向けに提案

食品スーパーマーケットのヤオコーは “豊かで楽しい食生活の提案”をストアコンセプトに掲げている。ヤオコーのチラシ(20年9月26日)では“ホットプレートが大活躍!”として豚焼きしゃぶやカキのホイル焼きなどのメニューを提案。在宅で家族や仲間とみんなでワイワイ食事をする楽しさがあるし、野菜も多く摂取でき、またホットプレート1枚で全て調理ができ、準備も後片付けも簡単である。


ヤオコーのホットプレートを楽しむライフスタイル提案(20年9月26日)


外出できず、家庭内で楽しく過ごす、しかしそんなに料理に時間や手間はかけたくないライフスタイルにはピッタリな提案である。

さらに別のチラシ(20年10月31日)では、再び“ホットプレートでにぎやかに作ろう! おうちキャンプ飯”を提案。メニューは焼肉、回鍋肉、スペアリブ煮込みなど多彩である。“3密”を避ける野外のキャンプが人気だが、そのトレンドを取り込んで “家の中だけどアウトドアイメージ”をさまざまなメニューで楽しめる提案である。


おうちでキャンプ飯を提案するヤオコーのチラシ(20年10月31日)


こうしてチラシでもホットプレートをキーにして、 “豊かで楽しい食生活”を提案し続けることで、子どもと楽しく過ごしたい、しかし遠くに出掛けるほどお金の余裕がないような層には、ヤオコーのチラシでメニューを決めるかもしれない。

他の店にない商品とこのチラシが結び付けば、こんな強力なプロモーションはないだろう。世のトレンドを学び、新しい生活様式を研究し、深掘りし、“半歩先を行くライフスタイル”を提案する。難しいが、前向きなことが実行できれば何よりも店や企業の差別化につながる。
その意味では「ライフスタイル」という言葉はチェーンストアのキーコンセプトといえる。


※「販売革新」2021年1月号掲載誌面を一部加筆し掲載しています




◆ 筆者プロフィール
三浦美浩(みうら よしひろ)

1987年東北大学卒業、損害保険会社勤務を経て㈱商業界入社、「食品商業」編集長、『販売革新』編集長、2011年8月商業界取締役就任、17年1月に独立しロジカル・サポート㈱設立、20年4月にエイジスリテイルサポート研究所所長に就任し現在に至る。